2008年03月31日

Tunnel-4

そう、私はこのトンネルを知っている。

正確に言うと、私はこのトンネルを知っていた事を知っている。私は昔、まだ記憶も確かでないほどの幼い頃にこのトンネルに入り、出たことがある。
その時の事は今ではすっかり忘れていて、詳細なんて何一つ覚えていないけれども、ふと急にその事をさっき思い出した。

そう、私はこのトンネルを通り抜けたことがあるのだ。遠い昔に、母と一緒に。

 

「・・・知っているってどういう意味?」
彼が尋ねてきた。

「私、このトンネルに入ったことがある。小さい頃に」

「という事は、このトンネルが一体何なのか知っているって事?」

「そうじゃない」
私は首を振った。

「私は小さい頃に、母と一緒にこのトンネルに入って、出てきた事がある。私が覚えているのはそれだけ。このトンネルが何なのか、どうすれば出られるのかは全然覚えていない。」

 

彼はそれを聞くとため息をついた。

「そうか、覚えてないんだ。子供のときの話?」

「そう、物心つく前ぐらい。別に事態は進展した訳じゃないのよ」

「そうみたいだね」

 

私たちは動きを止めた車の中でじっとしていた。
というよりも、出来ることがなかった。

なんて簡単なんだろう、と私は思った。車が止まってしまうだけで、ガソリンが無くなってしまうだけで私たちに出来る事は何一つなくなってしまう。
トンネルは私たちを捕まえるために、ただガソリンを無くしてしまえば良かっただけなのだ。
それだけで私たちはライオンの前の傷ついたシマウマのように、ただ諦めのまなざしを向けながらじっとしているしかなくなる。

「とりあえず、外に出ようか」
彼が言った。

「車はもうガソリンが無いんだから走らない。このまま座っていても助けが来るとは思えない。ならいっそ外に出て、このトンネルは何なのか見てみてもいいと思う」

「確かにそうね」

「それに、さっきの話だけど、君は昔このトンネルに入って、出たことがある。だからこのトンネルが何なのかを思い出したらきっと出る方法も思い出すんじゃないかな?
今はそれを期待するしかないんだし、とにかくこのトンネルが何なのかを見てみよう」

 

私たちは車を降りた。

車を降りると外はじめっとした湿気に包まれた空間だった。
空気はかび臭く、なんともいえない臭いに包まれていた。時間がかもし出す臭いだ。
壁はありえないことに、レンガ積みだった。いまどきレンガ積みのトンネルなんて聞いた事も無い。

彼は車に積んであった懐中電灯で壁を照らしながら呟いた。

「なんかまるでタイムスリップしたみたいだな。明治時代のトンネルに見える」

「明治時代にもトンネルはあったの?」

「そりゃあったさ。ただ今のように交通が発達している訳じゃないし、トンネル工事の技術もないから大したトンネルは作れなかったと思うけどね。
確か琵琶湖疎水のトンネルもこういう感じなんじゃないのかな?京都と琵琶湖を結んでいる水運なんだけど」

「という事は、私たちの今いるトンネルは明治時代に作られたのかな?」

「そりゃないだろう」
彼は首を振った。

「明治時代にこんな長いトンネルは作れなかったと思う。というか、今の時代だってこんな奇妙なトンネルは作らない。延々とカーブしているトンネルなんて」

「つまり、このトンネルは何なの?」

「分からないよ。ただ、このトンネルは実在するけど誰にも知られていない。どこかにたどり着くようでどこにもたどり着かない。それだけ」

 

「そうか、分かった」

私たちが歩き始めてしばらくたった時だった。彼はそう言った。

「どうしてこのトンネルがカーブしているのかが分かった気がする。」

「・・・それってどうしてなの?」
と私は尋ねた。

「このトンネルはずっと右曲がりにカーブしていた。今もカーブしている。そして、不思議な事にUターンしても相変わらず右にカーブしている。
こんなにカーブしているなんて事はありえない。だってずっとカーブしているんだったらいつかは一周してしてしまうはずだからね。」

「八甲田山みたいに?」

「・・・まあ、ろくな例えじゃないけど、そうだよね。ずっと同じ向きにカーブしていれば、いつかは一周する」

「じゃあ私たちも同じところをぐるぐる回っているだけなのかな?」

「それは分からない。目印とかつけているわけじゃないし、もしそうなんだったら今度は僕たちの前に乗り捨てた車が出てくるはずだ。
それがまだ出てこないって事はなんとも言えないって事。」

「そうじゃなくって」
彼が話を継いだ。

「こんなにカーブしているっていうのは、僕にはこう思えるんだ」

「カーブしている以上、前も後ろもある程度の距離までしか見えない。それ以上はカーブの向こう側になるから。
このトンネルがずっと同じようにカーブしている以上、僕たちはずっとカーブの向こう側に何があるのか分からないままなんだ。
このカーブは尋常じゃない。Uターンしても何も変わらないカーブなんておかしすぎる。」

「つまり」
と私は言った。

「このトンネルがカーブしているのは、僕たちを逃がさないためにあるとしか思えない。カーブの向こう側の何かが、僕たちが出れないようにずっとトンネルをカーブさせているんだ」

 

「そこにあるのは、悪意」

私たちは同じ単語を口にした。
このトンネルが私たちに向けている感情そのものを。

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posted by やどかり at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 手習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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