2005年04月07日

All Along the Watchtower

その夜はすごい雨だったと彼は語った。大粒の雨が降り注ぎ、地面が跳ね返った飛沫で白く白んでしまうほどの雨だったらしい。

「とにかくその日は寒くてね、見張り塔の上っていうのは風も吹くから冬だと2時間もすると全身が震えてくるんですよ。そこに土砂降りの雨が降ってるもんだからもうとにかく早く交代の時間が来ないかなとだけ思ってました。」

彼は多少うんざりした顔で話を続けた。同じことを既に何百回と話しているのだろう、彼はまるで台詞を読む俳優のようにすらすらとその日のことを語った。

 

「ちょうど朝の体操の時間でしたよ、もちろんその日は雨のため中止でしたが。

私はいつも通りぼーっと塀際付近を眺めてました。
映画とかを見ると脱走というのは頻繁に行われているようなイメージがあるでしょうが、実際にはほぼ全くありません。囚人たちはきちんと監視されているし、刑務所自体脱走なんて出来ないようなつくりになっていますし、まずそんな事までして逃げるよりも2,3年我慢してれば出所できる人が大多数ですからね。

私たち看守も決まりとして見張りを立てているだけで、実際に脱走者を見たことあるものなんて誰もいません。
なので中には見張りをサボってうたた寝している者もいますが、私はまあとりあえずは見張ることにしています。
その日もちょうど6時からの当番でした。

 

私がぼーっと眺めていると、向こうから一台の黒塗りの車がやってきたんです。この辺は交通量も少ないし、雨の日だったのでそのときその車1台しか道路を走っていませんでした。
その車は特に急いでいる様子でもなく、どちらかというとゆっくりと走っていました。安全運転ですね。

私が見ているとその車は見張り塔の近くまで来て路肩に停まりました。故障かな?と思って見ていると、どうも向こうから白バイの警官が路肩に停めるように指示をしていたみたいなんです。
白バイの警官は車が路肩に停まると近くに自分もバイクを停め、車の中の人たちに窓を開けるよう合図をしました。

運転手は窓を開けてバイクから降りて近くに来た警官と話していました。ほんの二、三言だったと思います。
その後警官は車の後ろに回り、何か車の下を覗いていました。
しばらく警官は車の下を覗いていた後、突然叫び始めました。

私には彼の言っていることはよく分かりませんでした。雨音がうるさかったし、そこまで集中して見てもいなかったものですから。
しかし彼が叫ぶと車の中に乗っていた人たちはみな次々と傘もささずに車から降りてきたんです。
私は背広をきちんと着た人たちが濡れるのも構わず雨の中飛び出してくるのを見てびっくりしました。きっと何か大変なことがあったに違いない、こちらも本部のほうへと連絡したほうがいいかなと思い電話を手に取りました。

警官は彼らを車から下がらせると、自分も車から離れました。
そのうち車から煙が上がってきたんです。もくもくと煙は車の後部から立ち昇り、真っ白な煙が辺り一面に立ち込めました。
警官はその様子をしばらく見た後に、背広姿の男たちに声をかけると車に乗り込みました。

 

警官は車に乗り込み、スタートさせるとそのまま走り去っていきました。

何でか分かりませんが、その時は夢を見ているような気分でした。私は彼が車を走らせ、そのまま見えなくなってしまうまでずっとその様子を見ていたんです。何の疑問も持ちませんでした。
おそらく背広の人たちも同様だったと思います。私たちは彼が車に乗って走り去るのをただじっと見ていたんです。
後には3人の背広の男と、彼の乗ってきた白バイが残されました。

 

私は車の姿が見えなくなった後、残された背広の男たちに声をかけました。

「どうしたんですか?車から発炎筒の煙が出てましたが大丈夫ですか?」

 

彼らは私の存在に気づいていなかった様で、上から声をかけられて多少驚いていました。
そしてほんの数秒のち、口々に「盗まれた!盗まれた!!」と叫びました。
彼らの慌てようが尋常ではなかったので、私はとりあえずそこで待機するように伝え、本部へと電話で連絡を入れました。

 

それからしばらくして、彼らの口から日本信託銀行の行員のボーナス3億円が車ごと盗まれたと知りました。

そして同時に、私はおそらくこの事件の最も重要な目撃者であるということも」

 

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posted by やどかり at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 手習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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