2005年02月16日

展望台

「・・・って、そりゃね、行くんなら雨の日だよ。晴れの日に行って何の意味があるんだい。
よく晴れた日に展望台に行く、いい景色が見える、それだけだ。高いところから遠くまで眺めるのは確かに気持ちのいいことだよ。でも晴れた日に展望台に行けばそれしか得られない。それはまだ前菜しか食べていないようなもんだよ。

雨の日、出来れば風もあるほうがいいな。そういう日に展望台に行くんだ。
もちろん前なんか見えないよ。いいんだよ。展望台に上るのは別に遠くの景色を見るためだけじゃないんだから。

僕の展望台の登り方はこうだ。

まずは雨と風が強い日を狙って展望台へと向かう。でも注意するのは台風の日はいけないって事だ。台風の日は下手したら展望台自体が閉鎖されている可能性があるからね。
展望台に登るのは夜だ。夕方から夜へと変わっていくとき、空が濃いブルーに染まっている時だ。

展望台に登ったらまずは一周する。決して最初から窓のほうに行ってはいけない。
展望台の中をじっくりと見つつ、展望台を一周するんだ。そうすると自分が不思議な空間にいる事が分かる。そこは上空数百メートルにあるにもかかわらず、温度も湿度も雑音も調整されている空間だ。外に一歩出れば強風と寒さが襲ってくるにもかかわらず、僕たちはガラスとコンクリートに囲まれた中で居心地よく外を見ている。まずはそういうことを認識するべきだ。

そうしてから初めて外を見る。最初にどちらが東西南北かを確認しておくこと。出来れば何がどちらにあるのかをあらかじめ地図を使って頭に入れておくと更にいいね。

外?見えないよもちろん。そりゃ雨の夜に展望台に登っているんだから。外の風景なんか見えるわけがない。うっすらとネオンとかビルの明かりが見える程度さ。
でもそれでいいんだよ。よい景色を見たいんなら晴れた日の昼に家族と来ればいい。恋人とロマンチックに過ごしたいんなら晴れてようと雨だろうと夜に来ればいい。
でもそれは本当に展望台を堪能しているとはとても言えないね。僕も今まであらゆるシーンで、いくつもの展望台に登ってきた。恋人と、家族と、一人で、時には男5人で展望台に登ったこともあったさ。

そのうえで僕がたどり着いた結論が、雨の日の夜に展望台に登ることだったのさ。

 

さて、きちんと一周ぐるっと展望台を回ったならば、初めて外を見るんだ。
外は何も見えない。ただ白く煙っているだけだ。手を伸ばせば掴めてしまう位の煙りようだ。つまり雨の粒子が細かくなり、光を反射するから白く見えるのだけど、とてもそんな事意識できないぐらいそれはリアルできれいだ。

僕たちはまずそれに圧倒されることとなる。窓の外に広がる白い世界は圧倒的に僕たちに迫ってくる。ガラス一枚で区切られている外(しかも地上数百メートル上空の)は全てが濡れ、息が出来ないほどに濃密で、何一つ手にする事が出来ない軽さがある。
君だって一度や二度は霧に巻かれたりしたこともあるだろう?でもそんな単純なことじゃないんだ。そこは全てがリアルであり、全てがフェイクだ。確かに存在するけど触れることは出来ない。

それでもなお、じっと見ているんだ。そうすると眼下に微かに風景が見える。
それは血管のように張り巡らされている道路かもしれない。デパートの看板かもしれない。街灯かもしれない。暗い森かもしれない。そんなものが眼下に少しずつ見えてくる。
車はまるで赤血球のように道路を上り下りし、細い道をすり抜ける。白い煙を通して見える一つ一つの明かりは、その下に確かに人の営みがあることを予感させる。光の入ってこない暗い森(おそらく神社か何かなのだろう)は、息がつまるほどの静けさとゆがんだときの流れを感じさせる。

じっと、飽きることなく見ているんだ。
そのうち霧にも濃さがある事が分かる。薄いところと濃いところだ。下から漏れてくる光の加減でそれが分かる。僕たちは確かに暖かい展望台の上でのうのうと景色を見ているだけだ。しかし外では風が吹き荒れ、雨が舞い、社会が確かに動いている。僕たちは隔離された天の領域からそれを見ているだけだ。

そしていつか、ブレイクが訪れるんだよ。

 

ある瞬間、さっとなぎ払われたように白い霧が消える。
洗いたての白いシーツを左右に引き千切るように霧は晴れていき、部分的にまるで真空になっているかのような濃密な空間が現れる。神がその手を一振りしたかのように、目の前に晴れ渡った空間が現れるんだ。

そうすると下の世界から道路を行きかっている自動車とか街灯とかの明かりが、今までとは違って飛び込んでくるように目に入ってくる。霧が晴れたせいだ。
今までは手の触れる事の出来ない、隔たったものだった下の世界の人々の営みが、突然手を伸ばせば触れられるほどのリアルさを持って迫ってくる。それは神の領域への参画のようだ。
地上数百メートルの上空からただ見ているだけだった世界を、細部までくっきりとした明確なイメージを持って認識する。今まで狭く閉ざされていた自分の世界が、ありえないほどの広さへ拡大していく。
それはただ暮らしているだけでは得る事の出来ない感覚であり、それこそ雨の日の展望台に昇る以外に近づくことの出来ない世界なんだ。

僕はその一瞬に出会うため、月に一度天気の悪い日に展望台に登る。
黒いダッフルコートを着て雨の日の夜の展望台にいるのが僕だ。・・・よかったら探してみて、一緒に眺めてみないかい?」

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posted by やどかり at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 手習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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