2005年01月18日

Per5

手が滑る。

私はズボンに手を擦りつけた。再びクラブを握ると多少はグリップが良くなった。
100Y。丁度9Iで届く距離だ。私はいつものように何という事もないというように、ツイとクラブを振り上げる。そのまま一定のスピードでヘッドは弧を描き、ある一点で止まった。右の脇腹が軋む。全身の筋肉がこれ以上伸びないという点まで伸び切り、一瞬の静寂の後、ビデオの逆回しのようにヘッドが動く。
カシッという高い響きと共にボールは飛んでいった。いつものように。
ボールは高く舞い上がり、重力と戦いながらピンを目指す。

ボールはまるで見えない階段を登るように上へ上へと舞い上がっていく。しかし頂点を極めたその瞬間、ボールは最後の力を振り絞るかのように小さく身震いすると一気に落下していった。
加速度をつけたボールがグリーンに刺さる。ドッという鈍い響きを立てながら。



「君は僕と回れることを感謝するべきだね」と彼は言った。
普通の人が言うならそれはただの嫌味に聞こえるのかもしれない。しかし彼がそういうとそれは当然のことのように聞こえる。彼にはそれだけの威風が備わっていた。

「ゴルフというのは厳しいスポーツだ。類まれなる才能、血のにじむような努力、そして運。どれが欠けても勝者にはなれない」
最初のホール、彼はそう言うと素晴らしいティーショットを放った。すべてのゴルファーが夢に見るような軌跡を描いてボールは飛んでいった。
それからも彼は完璧なアプローチを放ち、的確にパットを決め、一度はチップインも出した。彼は唯一SWのみ使わなかったが、それは決してバンカーにボールを落とさなかったからだ。
一方僕はいつものスライス癖が出たり、パットラインを読み損ねたりで散々だった。

15Hまでで僕は-1、彼は-9で回っていた。彼は単独首位に立ち、僕は真ん中から下をうろうろしていた。
「このホールはどう行くんだい?」と僕はティーショットの前の彼に聞いた。
「2onさせてイーグル狙いだ。ここでとれば優勝は間違い無いだろうからね」
彼はそう言うと高い乾いた音を立ててティーショットを放った。
「僕は少なくともここにいる誰よりも練習してきた」と彼は言った。
「きちんと勝つためにはそれなりの努力をしなくてはならない。運は確かに大事な要素だが、それに頼る以上、向上は得られない」

「風が悪いとか体調がすぐれないとか理由をつけて、その日のスコアの悪さを片付けるのは簡単だ。しかしそれでどうなる?」
彼はキャディーにクラブを渡すと続けた。
「努力が足りない。自分の力を100%出していない。その程度の奴らに僕が負けるわけがない」
その通りだった。運に頼り、悪かったら他のせいにする。彼が否定しているのは僕のゴルフそのものだった。
その後打った僕のティーショットはイマイチのもので、彼に比べ30Yばかり短かった。
残り300Y弱。セカンドショットはおもいっきり打ったが、力んだせいか右に曲がった。

一方彼のセカンドショットは素晴らしいものだった。ボールは磁力によって吸い込まれるようにグリーンに向かっていった。
「これが君と僕の違いだ。僕はいつもウッドでのアプローチを練習している。ただ振り回すだけの君とは違う。常にあらゆる可能性を考えながらやるのがゴルフなんだ」
そう言うと彼はグリーンへと歩いて行った。

残り100Y、風はほぼない。

確かに僕は彼とは違う。彼のようにたゆまぬ努力はしていないかもしれない。ああ言われても仕方ない。

でも、言われっぱなしはごめんだ。

 

僕は9Iを手にするとゆっくり素振りをした。
「確かに僕は君より劣っているよ。飛距離はないしパットは下手だし。でも君にああまで言われる筋合いはない。僕だって練習を積み重ねてきた。」
慎重に立ち位置を決め、カップまでの距離を計る。
「僕は僕なりにベストを尽してきた。今も尽している。そりゃ君より全然スコアは悪いよ。でも僕も出来うる限りの事をしているんだ。」


僕はアプローチショットを放った。


「血のにじむような努力もしたさ。僕はパットが下手だったからアプローチを練習したんだ」

僕の放ったボールは綺麗な弧を描きながらグリーンに落ちた。ドッという鈍い響きがコース全体に響き渡った。
僕は大きく息を吐いた。このラウンドで一番のアプローチショットだった。
「僕だってやれば出来る」と僕は小さく呟いた。



その時、グリーンに高く澄んだ金属音が響いた。ボールがカップに入る音だった。

「次はあなたの番だ」
僕はゆっくり振り向くと彼に言った。





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posted by やどかり at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 手習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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