2009年06月12日

Tunnel - 7

「・・・今何時?」

「2時過ぎ」

「とっくに到着してなきゃいけない時間ね」

「あいつには連絡入れているから大丈夫でしょ。もうじきJAFも来るよ」

「一日損したわ。全く」

 

路肩に止まった車の中で、僕たちはJAFを待ちながら無駄話をしていた。
周りは山林で人の気配もない。15分に1台ぐらい、地元の人の車が通り過ぎるだけだ。カーナビで現在位置が分かったからJAFを呼べたようなものの、もし無かったらお手上げだったに違いない。

気がついた時、僕たちは車の中にいた。

 

 

気がついたのはほぼ同時だった、と思う。

ゆっくりと舞台の幕が上がるように意識がはっきりしてきて、僕は自分の車の中にいることに気がついた。
シートベルトも締めている。頭はまだぼんやりするけど、怪我をしているとか痛みがあるなどの体の変化は無いようだった。

そして隣を見ると、今しがた目覚めたばかりの顔をしている彼女が、僕と同じようにぼんやりした目でこちらを見ていた。
彼女にも何の変化もなさそうだった。別に着衣が乱れているとかも無い。
言うなれば二人して昼寝をしていた。そんな感じだ。

僕は無意識のままにダッシュボードの上の烏龍茶を手に取り、一口飲んでまた戻した。
そしてシートベルトをはずし、背伸びをした。体はずっと不自然な体勢をとっていたことに抗議の声を上げるようにみしみしと音を立て、僕は声にならないうめきを上げた。
背伸びをしてみるとようやく僕の体が僕の体に戻ってきたかのような気がしてきた。

「・・・ここどこ?」と彼女が聞いてきた。

「ん、分からない」

「つーか、どうしてこんなところにいるの?スキーに行くんじゃなかったの?」

「・・・ねぇ。そうだねぇ」

僕の心無い返事に彼女は怒りを覚えたようだった。そりゃそうだ。
スキーに行くはずだったのに、どこかも分からない林道で二人して昼寝をしていたら誰だって怒る。
彼女が僕に怒りをぶつけるのは当然なのだが、だからといってその怒りに対して僕が正当な理由を伝えることは出来ない。

なぜなら、僕もどうしてこんな事になっているのか全然分からないからだ。

 

腕時計を見る。時刻は2時前だ。
最後に時計を見たのは12時前だったと思うから、あれから2時間近くの時間が経っていることになる。
僕たちはその2時間の間何をしていたのだろう。どうして高速道路でドライブをしていた僕たちが、こんな人っ子一人いない林道で昼寝をしているんだろう。

全然分からない。とにかく僕に分かるのは、どうやらあれはワイルドな白昼夢とかではなくて、何かしらの形でのリアルな事実だったということだけだ。
そうじゃなきゃこんな事にはならない。

「ねえ、トンネルの中のこと覚えてる?」

僕の問いかけに、彼女はびくっと反応した。

「・・・覚えてるわよ。というか、トンネルの中で気が遠くなって、気づいたらここにいたんだから」

やっぱりトンネルの中の出来事は僕の妄想なんかじゃなかったようだ。
安心すると同時に、一体あれは何だったのかとの恐怖が襲ってくる。僕たちは一体何の中を通り抜けてきたんだろう。
そこには僕たちの常識が通用しない事象があった。僕たちは無力な子羊のように、突き飛ばされ転がされ、屠られるのを待っていたんじゃないだろうか。

「とにかく」と僕は呟いた。

「とにかく、ここにいても仕方ないから、車動かすよ」

そして僕はもう一度シートベルトを締め、キーを回した。

 

 

JAFを呼んだのはそれからすぐの事だ。

ガソリンが無けりゃ車は走らない。僕の車は出発時に満タンにしてきたにもかかわらず、きれいさっぱりガソリンが無くなっていた。
何とかギリギリカーナビを使って現在地確認は出来たのだが、それ以上は無理だったので僕たちは蒸し暑い車内を出て、外でJAFを待つ事にした。

「ガソリン、飲まれちゃったのかな」

彼女が車に寄りかかりながら話しかける。

「多分そうなんだろうね。きっと給油口からごくごく化け物に飲まれちゃったんだよ」

「ガソリンっておいしいのかな」

「さあ。とにかくガソリンだけで済んでラッキーだったとしとこう」

彼女は待ちくたびれたという感じにぶらぶらと歩いている。まだJAFを呼んでから10分も経っていないんだけど。
実際には今回の出来事に対して、自分なりに考えを巡らしているのかも知れない。

僕はそんな彼女を見ながら、どうやってトンネルを抜けられたかは黙っていようと思った。
彼女に対して確認はしていないが、何となく彼女はどうやってトンネルを抜けたのか覚えていない気がしたからだ。
あそこで僕を抱きしめ、手を取って、壁を抜けさせてくれたのは彼女ではない。それは確かだった。そうである以上、彼女に対していちいち事実確認をとるのは気が引ける。

何より、あの出来事を思い出すのが恥ずかしいだけっていうこともあるんだが。

JAFが来たのはそれからかなりの時間が経過しての事だった。

 

******************************************

 

JAFの人に給油してもらって車を動かして、スキー場へのルートに戻るには結構時間がかかった。

私たちはすごい山奥の林道にいたみたいで、JAFの人たちもなんでこんなところで旅行客がガス欠を起こしているのかと、呆れ顔だった。
とにかくJAFの人たちに助けてもらい、予定より大幅に遅れて私たちはスキー場へと向かった。きっとスキー場につくのは夕方だろう。そうするとスキーは明日の朝からになる。本当は今日の昼から滑りたかったんだけど仕方ない。

スキー場へと向かう車の中では聞いた事の無い音楽が流れていた。きっとまた古い歌手の曲だ。
彼は自分が生まれる前の頃の曲を好んで聴く。別にクラシック・マニアとかではないし、今時の歌手についてもそれなりに知識はあるんだけど、ビートルズとかローリング・ストーンズのような古臭いロック、時にはそれよりも古い雑音交じりのブルースなんかを聴いている。
かっこいいと思ってやっているのかと一度聞いてみたのだが、答えは「小さいときから親に聞かされてきたから」とそっけない返事だった。
まあ、最近のCMとかドラマでも昔の楽曲がよく使われているし、私が知らないだけで今はそういうブームなのかもしれない。

どっちにしても、気に入っている曲だからといってサビの部分を意味不明の英語で歌うのは勘弁してほしいんだけど。眠れないから。

 

ようやく周りが銀世界になってきた。

何メートルも積もった雪の中をぐねぐねと車が走る。ところどころにスキー客用のホテルやペンションが見える。
すっかり夕方になってしまったけど、ようやく目的地に着いたみたいだ。
辻々に立っているペンションの場所を示した看板(やたらおおきくて木で出来ているやつ)を慎重に確認して、彼は車を慎重に走らせる。目指す旅館はもうすぐだ。

そして数回のヘヤピンカーブと行き先確認を繰り返した結果、私たちは今夜の宿の駐車場に車を止めることが出来た。
エンジンを切り、シートベルトをはずすと彼は思いっきり背伸びをした。私もずっと車に乗りっぱなしだったので体が痛い。ハンドバックを掴むと車から飛び出した。
外は凍りつくように冷えている。スキーをしている時だとこの寒さも心地よいのだが、まだ着いたばかりだと思わず体が震えてしまう。

彼が車から降り、トランクを開けた。
そして私の荷物を出し、自分の荷物を取った。2泊するというのに彼の荷物は非常に小さい。ウェアをレンタルするからだと言っていたけど、それにしても小さすぎる。旅行中着替えないんじゃないかと思うぐらいだ。

「っと、一体何が入ってるんだか」

彼が私のバックを渡してきた。

「女の子は色々必要なものがあるのよお泊りには」

「そうかそうか、せいぜいめかしこんで彼氏に見せてやるんだな」

彼は悪態をつきながらトランクに鍵を閉める。きっと自分が狙っていた女の子が今回の旅行に来れなかったからひがんでいるのだ。

私は旅館の入り口に向かって歩いていく彼に声をかける。

「ねぇ、帰りもあの車で帰るんだよね」

「そうだよ、そうしないと車がスキー場に置き去りになるだろ」

「という事は」と私は話を続ける。

「帰りにもまたあのトンネルを通るんだよね」

彼の足がはたと止まった。

「・・・そうだよ。つーかお前はあいつと一緒に電車で帰れ。そっちの方がいいから」

 

自分でもびっくりするぐらい重いバックを抱えながら、私は彼を追い抜きながら言う。

「いいよ、私も車で帰るから」

「またトンネルから出られなくなっちゃった時には、私が手を引いて出してあげるから大丈夫だよ」

 

 

 

 

了。

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posted by やどかり at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 手習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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